(はは)初入院後、1週間後に転院しました



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この記事は、2017年6月27日にママが記憶を遡って書いています


 

息子が転院しました。

 

潰瘍性大腸炎で最初に入院したS病院で、一週間治療を続けましたが病状が好転せず、2日前(曖昧)に家族が揃っている病室で先生から説明がありました。

 

内容としては、「ここでも治療を続けることは可能だが、当院でできる治療には限りがある。ほかの病院に移れば違うオプションがある」といったものでした。

 

軽微な発症 - 中等症で再燃(抗ステロイド難治性慢性型)- 入院 (←★この記事はここ)-(直腸型/プログラフ)- 退院 - 再燃 - 入院(全腸型/ヒュミラ効かず) - 大腸亜全摘・人工肛門造設手術(ブログ開始) - 退院 - 腸閉塞快調残存直腸炎症(下血・腹痛再燃)入院腸閉塞残存直腸切断・肛門摘出手術退院 - 30代のストーマライフ・・・

 

オプションというのは、選択肢という意味だと思いますが、こういった場で耳にするのが初めてだったので、先生が説明の中で何度も使う「オプション」という言葉の響きが、今もすごく記憶に残っています。

 

それにしても、家族が入院して真っ先に感じましたが、今の先生は治療に関して、「こうしましょう、ああしましょう」といった主導権のある提案は決してしないんですね。

 

自分の意見や所感などを差しはさまずに、等分に言ってくるので、家族はどれがいいのかわからなくなります。

 

居合わせたうちの母などは、「先生はどちらがいいと思いますか?」と食い下がって尋ねましたが、淡々と同じ説明を繰り返すだけで明快な答えは得られず、実際に先生がどのように感じているかさえも、まったくつかめない(ある意味、見事な?)話しぶりでした。

 

原因も治療法も確立されていない、潰瘍性大腸炎という難病だからかもしれませんが、お医者さんにリーダーシップを期待してはダメで、結構、重要な判断も自分たちで決めなくてはいけないということを、今回つくづく感じました。

 

「で、どうしますか?」

 

一通りの説明が終わった後の沈黙の時間は、こちらが何かしゃべらないと、ずっとそのままの感じでした。

 

「転院しませんか?」私は息子に向かってそう言いました。

 

「お母さんはそのほうがいいと思う?」たしかそのとき、息子はそう聞いたと思います。

 

私は「うん」と強く頷きました。

 

だって、このままここにいたって回復は見込めない気がすごくするし、そもそもこの病院は潰瘍性大腸炎に関しては、そこまでの専門性はないのだと感じました。

 

あ、そうだ、そうだ、その前に先生から「当院は、病気やケガで緊急に治療が必要になった患者さんを受け入れる病院です」みたいな説明もあったんだっけな。実際にどう言ったかは、今はもう忘れてしまいましたが、

 

その言葉を聞いて私は、「一次受付的な治療なんだな」と思いました。実際には、この病院でがんの治療をしている知人もいるので、決してそうではないと思うのですが、もしかしてそれが、先生がくれた唯一のヒントだったのかもしれません。

 

*    *    *    *    *    *

 

以下は、後日、S病院に書いてもらった健康保険傷病手当金支給申請書です。

 

健康保険傷病手当金支給申請書(S病院)

 

転院は、病院が民間の救急移送会社を頼んでくれて(費用は実費。確か8000円)、救急車によく似たその会社の車で移動しました。

 

このときの息子は本当に体調が悪くて、顔色も悪く終日苦痛に耐えていて、起き上がるのもやっとの状態。私はベッドのまま搬送されるのではないか?と思っていましたが、実際は車いすに座ったままの移動でした。

 

夫が車に一緒に乗り込み、私は荷物と共に別途、自分の車で転院先のT病院に向かいました。

 

 

 





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